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東京家庭裁判所 昭和41年(家)10094号 審判 1967年3月14日

申立人 川上陽子(仮名)

相手方 北村泰雄(仮名)

事件本人 北村輝栄(仮名) 昭和三九年一〇月二一日生

主文

事件本人の親権者を相手方から申立人に変更する。

相手方は申立人に対し事件本人の養育料の分担として昭和四二年三月以降事件本人が成年に達するまで毎月金八千一百円宛各月末日限り当裁判所に寄託して支払え。

理由

一、申立人は主文第一項と同旨の調停を申し立て、その事由として述べるところの要旨は、

1  申立人と相手方とは、昭和三九年一月中旬頃挙式のうえ事実上の夫婦として相手方住所において同棲し、同年二月四日正式に婚姻届出を了し、その間に同年一〇月二一日事件本人である長女輝栄を儲けたのであるが、とかく夫婦間の折合がわるく、昭和四一年一月下旬頃些細なことで申立人と相手方との間にいさかいがあつた後、申立人は同年二月一日事件本人を連れて相手方住所より家出し、実家である東京都豊島区長崎四丁目○○番○○号川上きよ方に戻り、同月一四日札幌家庭裁判所に対し、相手方との夫婦関係調整の調停申立をなし、同裁判所において同月二五日、同年三月一二日および同月一四日の三回の調停期日に調停が行なわれ、第一回調停期日において、申立人は相手方と離婚し、事件本人の親権者を申立人とし、慰謝料並びに養育料の支払を求めると主張したのに対し、相手方は、申立人との離婚には応ずるが、相手方が事件本人の親権者となつて事件本人を引き取る、勝手に家を出た申立人に対し慰謝料を支払うことはできないと主張し、第二回調停期日においても、両者の主張は変らず、ただ第三回調停期日において、申立人は従前の主張を変え、相手方の許に居り、婚姻生活を継続する気持になつたものの、相手方は申立人とはどうしても離婚し、相手方が事件本人の親権者となつて事件本人を引き取る、慰謝料は支払わないと強く主張し、このまま調停を継続しても、調停が成立する見込がなく、また申立人は何回も札幌まで出頭することもできないので、しばらく相手方の様子を見る積りで、同年三月一四日の期日終了とともに、右調停申立を取り下げた。

2  ところが、申立人は同年六月中旬頃、相手方が既に前記調停事件の係属中である同年二月二五日に、申立人に無断で、申立人の署名捺印を冒用して双方名義で申立人と相手方とが協議離婚し、事件本人である長女輝栄の親権者を相手方と定めた旨の届出を了したことを知つた。

3  かような訳で、申立人と相手方との協議離婚届出並びに事件本人である長女輝栄の親権者指定届出はいずれも本来無効なものであるが、申立人としては、現在では既に破綻してしまつている相手方との関係を考慮し、今更右の協議離婚および親権者指定の無効を主張して相手方と争う意図はなく、これを有効なものと追認してよいと考えている。

4  しかしながら、申立人は昭和四一年二月一日相手方住所より家出して以来、事件本人である長女輝栄を現実に監護養育して今日に至つているのであつて、相手方は親権者であるといつても、養育費の支払をせず、また事件本人に対しいささかも愛情や関心を示すこともなく、相手方を事件本人の親権者としておく必要も実益もないのであるから、事件本人の親権者を相手方から申立人に変更することを求めるため本件申立に及んだ

というにある。

二、本件調停の経過

1  本調停事件の管轄は、元来相手方の住所地を管轄する札幌家庭裁判所にあるのであるが、経済力に乏しく、幼児を抱えている申立人が札幌家庭裁判所に度々出頭することは困難であり、また事件本人の住所地は東京都内であつて、もし本件が審判事件として係属するならば、その管轄は当裁判所にある訳であつて、これらの点をあわせ考えると、当裁判所において自庁処理をすることが相当と認められるので、当裁判所において、本調停事件をそのまま取り扱うことにした。

2  当裁判所調停委員会は、昭和四一年一〇月一一日に第一回調停期日を開いたのであるが、相手方は出頭せず、家庭裁判所調査官補三村育子の照会に対する相手方の昭和四一年八月四日付回答書によれば、相手方は本件調停に出頭する考えは毛頭なく、しかも事件本人の親権者を相手方から申立人に変更することには絶対に反対で、事件本人を親権者である相手方の許へ連れて来るべきであるとの意向を有していることが明らかであり、これらの点から本件につき調停を成立させる見込はないと思料されたので、当裁判所調停委員会は、同期日に本調停を不成立とし、即日本調停事件は審判に移行した。

三、当裁判所の判断

本件記録添付の戸籍謄本、家庭裁判所調査官補三村育子の調査報告書、当裁判所の嘱託による札幌家庭裁判所調査官三谷彩子の調査報告書並びに申立人に対する審問の結果によれば、次の事実が認められる。

1  申立人と相手方とは、昭和三九年一月中旬頃挙式のうえ、事実上の夫婦として相手方住所において同棲し、同年二月四日正式に婚姻届出を了し、その間に昭和三九年一〇月二一日事件本人である長女輝栄を儲けたのであるが、とかく夫婦間の折合がわるく、昭和四一年一月下旬頃些細なことで申立人と相手方との間にいさかいがあつた後、申立人は同年二月一日事件本人を連れて相手方住所より家出し、実家である東京都豊島区長崎四丁目○○番○○号川上きよ方に戻り、同月一四日札幌家庭裁判所に対し、相手方との夫婦関係調整の調停申立をなし、同裁判所において、同月二五日、同年三月一二日および同月一四日の三回の調停期日に調停が行なわれ、第一回調停期日において、申立人は、相手方と離婚し、事件本人の親権者を申立人とし、慰謝料並びに養育料の支払を求めると主張したのに対し、相手方は申立人との離婚には応ずるが、相手方が事件本人の親権者となつて事件本人を引き取る、勝手に家を出た申立人に対し慰謝料を支払うことはできないと主張し、第二回調停期日においても、両者の主張は変らず、ただ第三回調停期日において、申立人は従前の主張を変え、相手方の許に戻り、婚姻生活を継続する気持になつたものの、相手方は申立人とはどうしても離婚し、相手方が事件本人の親権者となつて事件本人を引き取る、慰謝料は支払わないと強く主張し、このまま調停を継続しても、調停が成立する見込がなく、また申立人は何回も札幌まで出頭することもできないので、しばらく相手方の様子を見る積りで同年三月一四日の期日終了とともに、右調停申立を取り下げたこと。

2  ところが、申立人は同年六月中旬頃、相手方が既に前記調停事件の係属中である同年二月二五日に、申立人に無断で申立人の署名捺印を冒用して、双方名義で申立人と相手方とが協議離婚し、事件本人である長女輝栄の親権者を相手方と定めた旨の届出を了したことを知つたこと。

3  申立人は、右協議離婚届書に署名捺印をしたことはなく、また相手方に対し双方名義で、協議離婚届を提出することを承諾したこともないのであつて、右協議離婚届出は、相手方が申立人に無断で、申立人の署名捺印を冒用してなしたものであり、本来右協議離婚並びに親権者の指定は無効なものであること。

4  もつとも申立人は、申立人と相手方との夫婦関係が既に全く破綻してしまつている現在、今更右の協議離婚および親権者指定の無効を主張して相手方と争う意図はなく、これを有効なものと追認してよいとの意向を表明し、かかる前提の下に本件申立をしていること。

5  申立人は、前述の如く本年二月一日相手方住所より家出し、実家に戻つた後、同年三月下旬頃から新橋の酒場「○○」の店員として勤務し(月収約二万円)勤務の間は事件本人を母川上きよに託していたのであるが、母も家政婦として働き申立人の弟妹の世話をしている関係で、事件本人の世話をすることが困難なところから、同年五月中旬頃から肩書地に居住する姉郡山治子その夫郡山明雄夫婦方に事件本人を託し、更に同年九月始め頃からは申立人自らも右郡山明雄方に同居し、引き続き前記「○○」に勤務し、勤務中姉郡山治子に事件本人の世話をしてもらつて事件本人を監護養育して現在に至つており、申立人は事件本人とともに親族の援助をえて経済的には貧しいながらも精神的には一応安定した生活を営んでいること。

6  相手方は、肩書地に叔母渡辺タカ子(四六歳)とともに居住し、同所において工員五人を使つて家具製作所を経営し、一箇月約七万円の純益を挙げており、事件本人を引き取つて監護養育する意思を有し、近い将来他の女性と再婚する予定であり、それまでは前記叔母も家業の手伝をしていて手がないので、近隣の適当な者に事件本人の世話を託する積りでいること。

以上、認定の事実によれば、事件本人は経済的な面においては、申立人の許におるよりも相手方の許にいる方が将来の生活に恵まれるものと思われるが、申立人の許にあつても、申立人の親族の援助並びに相手方の養育料の分担があれば、経済的な面の問題は解決されるものであること、事件本人に対する愛情並びに関心については、申立人の方が相手方よりもまさつていること(相手方も事件本人に対する愛情並びに関心があることは窺われるが、これ迄事件本人の養育料を分担することもなく、また本件調停および審判の期日に一度も出頭しない点からみて、申立人の方がまさつていると判断せざるをえない。)、事件本人が二歳の幼児であつて、現在父親よりも母親の監護をより必要としていること、並びに前記の如く親権者指定が申立人と十分な協議がなされず、相手方の一方的な恣意によつてなされていること等の諸点を合わせ考えると、相手方をこのまま親権者としておくよりは、現実に事件本人を監護養育している申立人を親権者とすることが、事件本人の福祉のため適当であると判断せざるを得ない。

ただ、申立人が事件本人を監護養育するためには、相手方による養育料の分担を要し、したがつて、本件の解決のためには、親権者を変更するとともに、相手方による養育料の分担額を定め、相手方に対しこれが支払を命ずることが必要である。そこで、相手方がどれだけ事件本人の養育料を分担するのが妥当であるかについて検討する。当裁判所は、本件の如き未成熟子に対する養育料の分担を定めるについては、別表の労働科学研究所編「総合消費単位表」および「基準単位の最低生存費および最低生活費」の如き一般的な統計に準拠して、資産収入、生活に必要な費用のほか、関係人の最低生活費や親と子の生活程度を算出もしくは測定して妥当な額を決定するのが、公正、かつ、合理的であると思料する。

まず、消費単位であるが、申立人は既婚六〇歳未満女子で軽作業に従事する者として別表中九〇に、事件本人は三歳以下の幼児であるので別表中四〇に、各該当し、相手方は既婚六〇歳未満男子で軽作業に従事する者として一応別表中一〇〇に該当するが、事業を経営している者であるので、これに二〇を加算し、結局一二〇に該当し、相手方の叔母は、既婚女子の主婦として別表中八〇に該当するものと認められる。さて、今後の事件本人の養育料についての申立人および相手方の分担額について検討するに、

1  相手方家族の最低生活費

昭和四二年二月の東京都における消費単位一〇〇についての最低生活費は別表のとおり一万二、七〇〇円であり、東京都を一〇〇として札幌市の地域差指数は、昭和四〇年度において九六・八であるので(昭和四一年度の地域差指数は末だ発表されていないので、当時と現在においてもこの指数はさほど変化がないものと考えられるので、これを使用する。)、これによつて昭和四二年度二月の札幌市における消費単位一〇〇についての最低生活費を算定すると、

(12,700円×(69.8/100) = 12,294円)

で百円未満を四捨五入し、一万二、三〇〇円となる。

そこで、右額によつて相手方家族の最低生活費を算出すると、

(12,300円×(120+80/100) = 24,600円)

となり、相手方の収入は月収約七万円でこれを超えているから、事件本人の養育料を負担することは可能である。

2  事件本人が申立人との共同生活において費消すると認められる生活費(事件本人の申立人方における生活程度)

申立人の平均手取月収は約二万円であるが、その職業上の必要経費を二割とみてこれを控除すると、一万六、〇〇〇円となるので、これにより事件本人の申立人方における生活程度を算定すると、

16,000×(40/90+40) = 4,923円

となる。

3  事件本人が相手方に引き取られ、相手方と共同生活をしていると仮定した場合に事件本人の生活費として認められる金額(事件本人の相手方における生活程度)

相手方は前述の如く平均月収は約七万円であるが、その職業上必要経費を二割とみて、これを控除すると、五万六、〇〇〇円となるので、これにより事件本人の相手方における生活程度を算定すると、

56,000円×(40/120+80+40) = 9,333円

となる。これによつてみると、事件本人の相手方における生活程度の方が、事件本人の申立人方における生活程度を超えているから、相手方は事件本人に少くとも一箇月九、三三三円程度の生活をさせるように、事件本人の養育料を負担しなければならない。

4  申立人の最低生活費

昭和四二年二月の東京都における消費単位一〇〇についての最低生活費一万二、七〇〇円によつて、申立人の最低生活費を算定すると、

12,700円×(90/100) = 11,430円

となり、申立人の月収は二万円で、これをこえているので事件本人の養育料を負担することは可能である。

5  事件本人の養育料について申立人と相手方とが分担すべき額

前述の事件本人の養育料としての必要額九、三三三円は、申立人と相手方とが、その平均手取月収からそれぞれ二割の職業上の必要経費を控除した額から、更に各自の最低生活費(相手方においては、相手方とその叔母との最低生活費)を控除した額の割合によつて分担すべきである。

申立人の分担額は、

9,333円×((16,000-11,430)/(16,000-11,430)+(56,000-24,600)) = 9,333円×(4,570/35,970) = 1,186円

で、百円未満は四捨五入して、一、二〇〇円となり、

相手方の分担額は、

9,333円×(31,400/35,970) = 8,147円

で百円未満を四捨五入して八、一〇〇円となる。

かような訳で、相手方は申立人に対し事件本人の養育料の分担として昭和四二年三月以降毎月金八、一〇〇円宛を支払わなければならない。

よつて、申立人の事件本人の親権者を相手方から申立人に変更する本件申立は理由があるので、これを認容するとともに、家事審判規則第七二条第一項、第五三条により相手方は申立人に対し事件本人の養育料の分担として、昭和四二年三月以降事件本人が成年に達するまで毎月金八、一〇〇円宛各月末日限り、当家庭裁判所に寄託して支払うことを命ずるものとする。

そこで主文のとおり審判する次第である。

(家事審判官 沼辺愛一)

(別表省略)

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